【大紀元日本4月14日】横浜市にある神奈川県民ホールにおいて、9日、クロアチアから来日した「ザグレブ弦楽四重奏団」と日本のフルート奏者・吉川久子さんによる | | 共演したフルート奏者・吉川久子さん | ジョイントコンサートが開かれた。
当日の横浜は、海からの浜風がやや強い肌寒い天気であったが、開場の30分前から熱心なファンがつめかけ、夕刻6時半の開場時には150人ほどの人が列をなしていた。
今回の公演は駐日クロアチア共和国大使館の後援によるもので、クロアチア観光局日本事務所代表のエドワード・トゥリプコヴィッチ片山さんが、「ようこそお越しくださいました」と本紙記者を笑顔で迎えてくれた。
会場である433席の小ホールは、ほとんど満席であった。男女はほぼ同数。観客の多くが正装で来場しているところを見ると、今回の公演に寄せる日本のクラシックファンの期待度の高さが伺われる。
場内放送などのアナウンスは一切なく、開演時間どおりに演奏者が登場し、拍手が落ち着いたところで厳かに演奏が始まった。司会者もなく、演奏者のトークもない、すべて「音楽」だけのクラシックコンサートである。
観客もそれをよく承知のようで、時間前には静かに着席し、もちろん携帯電話の着信音が鳴ることもない。演奏者のレベルの高さのみならず、それを聴く日本の観客のマナー度の高さも感じられた。
曲目は、ハイドン・モーツァルト・ベートーベン・ドヴォルザーク・チャイコフスキーなどの弦楽四重奏曲が主で、9つの曲目のうちの7曲に吉川さんのフルートが加わり、日本の観客を十分に魅了した。
弦楽四重奏(カルテット)は、言うまでもなく四人の演奏者によって奏でられるものである。しかし、このザグレブ弦楽四重奏団による演奏に、少人数の室内楽であると思っていた記者の先入観は打ち砕かれた。その演奏は、まさに重厚かつハイレベルの「四人のオーケストラ」であったからである。
とりわけ、ドヴォルザークの「弦楽四重奏曲12番」と、最終曲であるジュナンの「ヴェニスの謝肉祭」には、演奏後、万雷の拍手とともに観客席に感動のどよめきが起こった。
コンサート終了後、記者の隣の席でさかんに拍手を送っていた柴田さんご夫妻に、ご感想を伺った。
「すてきでした。クラシックは大好きです。第一ヴァイオリンの人が特にすばらしい。最初の曲目のハイドン、それから後半部分のドヴォルザークとチャイコフスキーが傑出していました。クロアチアといえばサッカーが有名ですよね。こんなすばらしい演奏は、本当にめずらしいですね」
地元横浜から来られた柴田さんご夫妻は、フルート奏者・吉川久子さんのファンで5・6年前からよく聴きにいっているという。その吉川さんとザグレブ四重奏団との共演である今回の演奏会を、十二分に堪能されたようだった。
演奏を終えた第一ヴァイオリンのゴラン・コンツァルさんに、エドワード片山さんの | | 本紙インタビューに応えるコンツァル氏 | クロアチア語の通訳で、お話を伺った。
コンツァルさんは同楽団のリーダーで、現在のカルテットのメンバーとしては3回目の来日だが、ソリストとしての来日回数を含めると「正確に覚えていませんが、初来日の82年から、たぶん14・5回は日本に来ていますよ」というほど日本に縁があるとのこと。
その「日本通」のコンツァルさんに、まず日本の印象を聞いてみた。
「日本に初めて来たときから、とても良い思い出を重ねています。特に日本の人々がすばらしい。不思議なのは、日本はこれほど人口が多いのに、美しい自然が保たれていることです。日本の方は礼儀正しく、お互いの人間関係を大切にされています。世界のなかでも人間らしい個性をもつことは大切だと思いますが、日本の方はそれをよく保ち、とても上品ですね」
記者が、今日の皆さんの演奏のようにクロアチアも大変美しい国であると聞いています、と述べると、コンツァルさんは次のように応えた。
「すてきな言葉をありがとう。音楽に国境はありません。クロアチアは小さな国ですが、きれいな海と美しい自然があり、また長い歴史を重ねてきた姿を残しています。クロアチアは、かつてオーストリアやハンガリー、あるいは旧ユーゴスラビアの一部でした。それが独立して、やっと自分の国を持つことができるようになったのですが、苦難の時代にあっても自分たちの個性をしっかり保ってきたのです」
1919年に結成以来、89年に及ぶ歴史をもつ「ザグレブ弦楽四重奏団」であるが、1943年から54年までの11年間、つまり第二次大戦中から戦後の混乱期のあいだ、演奏活動を停止せざるを得ない時期もあった。
そのような苦難の時代を越え、また旧ユーゴの社会主義政権時代をくぐり抜けて、なお最高の芸術性を維持してきた同楽団の演奏は、日本のファンの期待に応えるのに十分であったと言えるだろう。
(記者・牧)
(08/04/14 13:00)
|