【大紀元日本1月20日】アフリカ諸国は、植民地政権が人為的に決めた国境内の中で独立を維持して、過去においてさまざまな部族が支配してきた領土を無視してきたことから、そうした部族は表向きには政治的ライバルとしてつながっているが、時に部族間抗争が再燃することがある。
ケニヤは、英語を公用語に採用して数十年経つ民主国家であり、豊かな自然を観光資源に生かすことに成功してきたが、危機の時には部族抗争に戻るのである。
政治の上ではわからないが、政治スタンスよりも重要なのは、大統領候補の出身部族である。ムワイ・キバキ大統領は、再選が論争に火をつけたが、キクユ族の出身でその支援を受けているが、政敵のライラ・オディンガ氏は、ルオ族出身だ。
アフリカでは農村部から都市部への流出により、伝統的に居住していた領土を離れ、都市で隣り合わせに暮らしているが、紛争が起こると対立も発生する。
ケニア選挙の暴動は、ほとんどが都市の貧困地区で発生しており、600人が亡くなり、25万人が移転を余儀なくされた。多くは、近隣のウガンダに難民として流れるが、ウガンダ軍が国境で流入を阻止している。
中東問題やアフリカのイスラム教について詳しいモシュ・トレッドマン博士によると、暴動は、観光に影響を与え、モンバッサでの港湾活動を妨害し、経済的な損害を引き起こしており、被害の大きさははかりしれないという。情勢が不安定であると、アフリカ中部のウガンダやルワンダ、ブルンディのような国にも影響を与える。そられの国々の原油供給はモンバッサ港に依存しており、原油価格の高騰も引き起したという。
今日、アフリカ諸国のほとんどは、政府の腐敗で病んでいる。ケニアも腐敗を一掃できずに、不正選挙の疑惑にまで及んでいる。
決定的要素になったムスリム住民
トレッドマン博士はさらに、「選挙には、根深い民族紛争のほかに、もう一つの要素がある。初めて、ムスリム住民が決定要素となったという。ムスリム全体が大統領候補を支持すれば、次期政権を占うものになるだろう」と指摘した。
イスラム運動プロジェクト(PRISM)のために書かれた2007年12月のアフリカのイスラム教徒に関する論説で、トレッドマン博士は、ケニヤのイスラム住民について分析した。ケニアが独立国家になって以来、ムスリム住民が差別に不満を抱いていると見ている。
反テロ対策関して、キバキ大統領はアメリカ擁護の政策をとっており、ムスリムの容疑者を逮捕した。容疑者の中には、裁判を受けるために近隣諸国に移送されたものもいた。そのことが、ムスリム住民にとってキバキ支持の低下につながった。
ムスリム住民の中には、キバキ大統領の政敵オディガ氏支持に転向したものもいた。支持の見返りとして、オディガ氏は2007年8月、支持するムスリムと協定を結び、ムスリムが多数を占める地域での自治を約束した。ケニアのキリスト教指導者らや他の政治集団は、その秘密協定を非難した。
沈静化は一時的なもの
国連の前事務総長コフィー・アナン氏が調停者としてケニアを訪れたことがあるが、アナン氏が暴動を沈静化しようとしても、ケニアやその他のアフリカ諸国の根本的な問題は、当事者自身により解決されることはないだろう。
アフリカの持続可能な開発や腐敗との闘い―そのほとんどは西側先進国の強欲なビジネスマンが引き起こしたものであるが―においては、世界で最も豊かな天然資源に恵まれながら、そこに住む人々は世界で最も貧しいアフリカ諸国、その沈静化と安定化は、おそらく国際社会の支援によらなければ実現は不可能であろう。
(エポックタイムズ・イスラエル記者:マーリーン・アビア・グリーンピーター、翻訳編集:月川)
(08/01/20 15:21)
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